東京地方裁判所 平成5年(行ウ)70号 判決 1994年2月28日
原告 光洋地所株式会社
被告 東京国税局長
訴訟代理人 矢吹雄太郎 神谷宏行 ほか二名
主文
一 七〇号事件のうち、原告の公売通知の取消しを求める訴えを却下する。
二 一六六号事件のうち、原告の売却決定の取消しを求める訴えを却下する。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)についてした次の各処分を取り消す。
一 平成三年八月二〇日付けの公売通知(七〇号事件)
二 平成三年九月一〇日付けの最高価申込者の決定(同号事件)
三 平成五年三月一六日付けの売却決定(一六六号事件)
四 平成五年三月一九日付けの換価代金等の配当(同号事件)
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、被告において国税徴収法(以下「徴収法」という。)九八条に基づき公売財産である本件土地の見積価額を決定するに当たり、本件土地が現況鉱泉地であるにもかかわらず、雑種地と評価したことにより、右見積価額が著しく低廉なものになったとして、右見積価額に基づく公売通知及び最高価申込者の決定の取消し(七〇号事件)並びに売却決定及び換価代金等の配当の取消し(一六六号事件)を求めて提訴した事案である。
一 本件各処分の経緯(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、昭和五九年度分の法人税金二一五六万三七八五円、加算税合計五三〇万三五〇〇円及びこれに対する国税通則法(以下「通則法」という。)所定の延滞税一九四万七四〇〇円を滞納していた。被告は、右滞納国税を徴収するために、徴収法四七条一項に基づく滞納処分として、昭和六〇年八月一五日、原告が所有する本件土地を差し押さえた。(甲一号証、乙一号証の三)
2 被告は、本件土地を換価するため、平成三年八月二〇日、本件土地の見積価額(以下「本件見積価額」という。)を三三万円と決定し、原告に対し、同年九月一〇日に本件土地を入札の方法で公売に付す旨の通知(以下「本件公売通知」という。)をした。
3 被告は、平成三年九月一〇日、入札価額一四八万三〇〇円による入札者を最高価申込者に決定した(以下「本件最高価申込者の決定」という。)。
4 原告は、被告に対し、本件公売通知及び最高価申込者の決定に対して異議申立てをしたが、被告は、平成四年二月二八日、これをいずれも却下する旨の決定をした。そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、平成五年二月二四日、これを却下する旨の裁決をした。(甲一一、一二号証)
なお、本件土地の換価は、通則法一〇五条一項ただし書に基づき、右の裁決があるまで制限されていたので、被告は、右裁決後の平成五年三月九日、本件公売通知のうち、売却決定の日時を平成五年三月一六日午前一〇時、買受代金の納付期限を同日午後三時に変更する旨の通知をした。(甲三号証)
5 被告は、平成五年三月一六日、本件土地について売却決定をし(以下「本件売却決定」という。)、徴収法一三一条に基づく配当計算書を作成した上、同月一九日、買受人が納付した本件土地の売却代金一四八万三〇〇〇円を配当すべき換価代金の総額として配当した(以下「本件配当」という。)。
6 原告は、国税不服審判所長に対し、平成五年三月二五日、本件売却決定及び配当に関する審査請求をした。なお、原告は、本件売却決定及び配当に対して異議申立てはしていない。
二 争点
本件の争点及びこれに関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。
1 本案前の争点
(一) 本件公売通知及び最高価申込者の決定が行政処分に当たるか否か(原告の請求一及び二について)。
(1) 被告の主張
徴収法九六条に定める公売通知は、税務署長(徴収法一八四条により本件では国税局長、以下同じ)が、同法九五条に定める公売公告をした場合において、滞納者に対しては国税の納付の機会を与えるため、抵当権者等の第三者に対しては公売参加の機会を与えるため、公売の日時、場所等公告すべき事項とほぼ同一の事項を滞納者等に通知するものにすぎず、それ自体としては、相手方の権利義務その他法律上の地位に直接具体的な影響を及ぼすものではない。
また、徴収法一〇四条に定める最高価申込者の決定は、見積価額以上の入札者等のうち、最高の価額による入札者等を差押財産の最高価額による買受申込者として確定するものにすぎず、税務署長が当該最高価申込者に対し売却決定をして初めて、滞納者と最高価申込者との間に当該差押財産について売買契約が成立するものであるから、それ自体としては、滞納者の権利義務その他法律上の地位に直接具体的な影響を及ぼすものではない。
したがって、本件公売通知及び最高価申込者の決定は、いずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないから、原告の請求一及び二に係る訴えは、不適法である。
(2) 原告の主張
徴収法一七一条一項は、公売公告から売却決定までの処分について、換価財産の買受代金の納付の期限まで異議申立てをすることができる旨を規定しているが、この規定は、民事執行法における執行異議と同様に、公売手続の各段階の行為について異議申立てが認められることを当然の前提にした上で、不服申立ての期限の特例を定めたものと解すべきである。
また、公売手続において、換価財産の権利関係、性状等を誤認し、時価相当額より低減した見積価額を決定することは、不適正な手続であり、国民の適正な手続を保障される権利を具体的に侵害するものである。
さらに、最高価申込者の決定後、落札者たる地位の譲渡は、当事者の合意とこれに対する処分庁の承継があれば法律上有効であるから、最高価申込者の決定は、滞納者の権利義務その他法律上の地位に対する影響が直接的であるということができる。
したがって、本件公売通知及び最高価申込者の決定は、いずれも抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるというべきである。
(二) 原告の本件売却決定の取消しを求める訴えは、適法な不服申立てを経ているか否か(原告の請求三について)。
(1) 被告の主張
原告は、本件売却決定に対して、徴収法一七一条二項、同条一項三号に定める不服申立期間を徒過して審査請求をした。
したがって、原告の請求三に係る訴えは、適法な不服申立てを経ていないものであり、不服申立ての前置を定める通則法一一五条一項に違反し、不適法である。
(2) 原告の主張
徴収法一七一条二項、同条一項三号によれば、売却決定に対する不服申立てが事実上売却決定の日にしかできないことになるから、右規定は、国民の裁判を受ける権利を侵害するもので違憲無効であり、右不服申立期間は、通則法七七条一項により、処分があったことを知った日の翌日から起算して二月以内と解すべきである。
したがって、原告の請求三に係る訴えは、適法な不服申立てを経たものであり、適法である。
2 本案の争点
(一) 本件見積価額の決定の違法は、後行行為に承継されるか否か(原告の請求一、二及び四について)。
(1) 被告の主張
公売公告から売却決定までの処分に関する欠陥は、原則として売却決定に対する不服申立てにおいて主張すべきであり、公売通知及び最高価申込者の決定に対する不服申立てにおいて主張できる瑕疵は、同通知及び同決定に固有の事由に限られるものというべきである。
また、徴収法一七一条二項、同条一項三号が、公売公告から売却決定までの処分に対する不服申立ての期限を定めるとともに、同条二項、同条一項四号が、別途、配当に対する不服申立ての期限を定めているのは、滞納処分の安定性を害さないために、売却決定までの処分の違法性を後行行為である配当処分に承継させないことにしたものであり、配当に対する不服申立てにおいて主張できる瑕疵は、配当に固有の事由に限られるものというべきである。
したがって、仮に、本件見積価額の決定が違法であるとしても、右違法は、後行行為である本件公告通知、最高価申込者の決定及び配当に承継されない。
(2) 原告の主張
本件見積価額の決定が違法である場合には、それに基づく本件公告通知、最高価申込者の決定及び配当も違法であるというべきである。
(二) 被告が本件土地を雑種地として評価したことは相当か否か。
(1) 被告の主張
被告は、本件見積価額を決定するに当たり、被告部下職員福嶋幸彦大蔵事務官ほか一名(以下「福嶋係官ら」という。)に対し、本件土地の評価額算定のための調査を命じた。福嶋係官らが本件土地の現況調査等をしたところ、次の事実が判明した。
ア 本件土地の地目は、不動産登記簿上、雑種地とされている。
イ 静岡県賀茂郡松崎町は、本件土地の固定資産税の賦課決定において、現況雑種地として課税している。
ウ 本件土地は、近隣の民宿「与吉」の駐車場の一部として使用されている。本件土地上には、井戸口又は温泉の湯口と認められる鉄管(以下「本件井戸」という。)が垂直方向に埋設されているが、右鉄管は老朽化し、「与吉専用」と記載された看板が立て掛けられており、右鉄管の周辺部にポンプ等の動力装置は設置されていない。
エ 本件井戸の温泉権の所有者及び利用者は、中山國男及び依田隣太郎である。
オ 本件井戸は、昭和四六年一一月二〇日に工事が完了し、揚湯試験の結果では温泉水の湧出が確認されたが、その後、一度も利用に供されることなく放置されたものである。
カ 本件井戸は、下田保健所に備え付けられている温泉台帳において、利用形態が枯渇泉に区分されている。
以上のように、本件井戸は、二〇年以上にわたり、全く利用されないまま放置され、もはや温泉井戸として事実上無価値なものであり、また、本件井戸の所有者及び利用者がいずれも原告でないことから、本件土地の評価額の算定上、温泉権を価値増加要因として付加すべき必要は認められない。
したがって、被告が本件土地を雑種地として評価したことは、適法である。
(2) 原告の主張
本件土地の現況は鉱泉地であり、原告が実質的に本件井戸に係る温泉権を所有している。しかるに、被告は、本件土地の現況を全く調査しておらず、権利関係の把握を誤ったものである。したがって、本件土地を雑種地として評価した本件見積価額は、著しく低廉であり、不当である。
仮に、原告以外の者が右温泉権を有するとすれば、本件土地の所有権を制限する権利があることになるから、被告は、その権利内容を調査し、公告する必要があるのに、その手続を怠っており、本件見積価額の決定は違法である。
(三) 本件土地の評価額は適正か否か。
(1) 被告の主張
被告は、本件土地の評価額を取引事例比較法により算定することとし、対象取引事例として、静岡地方裁判所において平成二年一月一〇日付け強制競売開始決定、平成五年六月一八日に競売見込みであった土地(静岡県賀茂郡松崎町雲見字上ノ山五七三番地所在の宅地、地積一四五・四五平方メートル、以下「取引事例土地」という。)を選択した。
取引事例土地の最低売却価額は、一平方メートル当たり一万四三六四円であるが、右価額は競売の特殊性による減価がされているので、事情補正として一〇パーセントを増額補正し、右土地の評価額(以下「取引事例価格」という。)を一平方メートル当たり一万五九六〇円と算定した。なお、本件土地の近隣地は、不動産取引が少なく、価格も横這い状態であることから、時点修正は行わなかった。
被告は、地域要因及び個別具体的要因による調整をするために、街路要件、交通・近接要件、環境要件、画地要件、その他の要件の五項目の調整項目を勘案した上で作成された宅地用簡易評価書に基づき評点の格差を算定し、取引事例価額に、右の格差である一〇〇分の六八の割合及び本件土地の地積四九平方メートルを乗じて、五三万二〇〇〇円という価格を算出した。
さらに、本件土地には接面道路がないことから、利用価値による修正として右算出価格から三〇パーセントを減価し、また、公売の特殊性による修正として一〇パーセントを減価し、一万円未満の端数調整をして、本件土地の評価額を三三万円と算出した。
このように、被告は、客観的で合理的な基準によって本件土地を評価しているものであるから、右評価額は適正である。
(2) 原告の主張
本件土地を単なる雑種地として評価するとしても、本件見積価額は、著しく低廉である。
すなわち、本件見積価額は、本件土地の固定資産税評価額及び相続税評価額を下回っている。また、被告は、本件土地が、自然公園法に定める普通地域区域内に所在するのに、第二種特別地域内に所在すると認定し、さらに、本件土地の西側の河川敷が事実上通行路として利用されているのに、本件土地には接面道路はないと認定するなどしており、本件見積価額決定の基礎とした被告の事実認定には誤りがある。
第三争点に対する判断
一 本案前の争点について
1 本件公売通知及び最高価申込者の決定が行政処分に当たるか否か(原告の請求一及び二について)。
徴収法一七一条一項三号は、不動産等についての公売公告から売却決定までの処分に関し欠陥があることを理由としてする異議申立ては、換価財産の買受代金の納付期限まででなければすることができない旨規定しているが、右規定は、公売公告から売却決定までの間の課税庁の行為について、異議申立ての対象となるものがあることを前提にしているものということができ、どのような行為がこれに当たるかについては、個々の行為の性質によって判断されるというべきである。
(一) そこで、まず、本件公売通知が行政処分に当たるか否かについて検討するに、徴収法九六条に定める公売通知は、税務署長が同法九五条に基づき公売公告をした場合において、滞納者に対して最後の納付の機会を与え、抵当権者等の第三者に対して公売参加の機会を与えるために、公売の日時、場所等公告すべき事項とほぼ同一の事項を通知するものにすぎず、それ自体として、相手方の権利義務その他法律上の地位に直接具体的な影響を及ぼすものではない。
したがって、本件公売通知は、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきであるから、原告の請求一に係る訴えは、不適法である。
(二) 次に、本件最高価申込者の決定が行政処分に当たるか否かについて検討するに、徴収法一〇四条は、徴収職員は、見積価額以上の入札者等のうち最高の価額による入札者等を最高価申込者として定めなければならないと規定し、同法一一三条一項は、最高価申込者に対して売却決定を行うと規定するとともに、同法一一四条は、換価財産について最高価申込者等の決定又は売却決定をした場合において、滞納処分の続行の停止があったときは、その最高価申込者等又は買受人は、その入札等又は買受けを取り消すことができるとして、最高価申込者の決定と売却決定とを並列的に規定している。
このような徴収法の規定の仕方からみると、同法は、滞納処分のうち、公売手続と売却決定手続とを区別し、それぞれの最終段階の行為として、最高価申込者の決定と売却決定とを位置付けているものと解され、公売手続において、買受け適格のある申込者として最高価申込者を決定し、売却決定手続において、最高価申込者の決定を受けた者のみが売却決定を受け得ることにしているということができる。
そうすると、本件最高価申込者の決定は、公売手続の最終段階の行為であり、それを受ける者に当該不動産の売却決定を受け得る法的地位を付与するものといい得るから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解すべきである。
したがって、原告の請求二に係る訴えは、適法である。
2 原告の本件売却決定の取消しを求める訴えは、適法な不服申立てを経ているか否か(原告の請求三について)。
(一) 徴収法一七一条二項、同条一項三号によれば、国税局長がした不動産等についての売却決定に対する通則法七五条一項二号ロの規定による審査請求は、換価財産の買受代金の納付の期限まででなければすることができないこととされている。
そうすると、前記第二の一の当事者間に争いのない事実等によれば、原告は売却決定に対する異議申立てをしていない上、本件土地の買受代金の納付の期限は平成五年三月一六日午後三時であるのに、原告が本件売却決定に対する審査請求をしたのは同月二五日であるから、右審査請求は、審査請求をすることができる期限を徒過してされたものであるというべきである。
したがって、原告は、本件売却決定の取消しを求める訴えの提起に当たり、適法な不服申立てを経ていないことになるから、右訴えは、不服申立ての前置を定める通則法一一五条一項に違反し、不適法である。
(二) これに対し、原告は、売却決定に対する不服申立てが事実上売却決定の日にしかできないことは、国民の裁判を受ける権利を侵害するもので不合理であると主張する。
しかしながら、徴収法一七一条一項が滞納処分に関する不服申立ての期限を制限する特例を定めた趣旨は、滞納処分手続の安定を図り、かつ、換価手続により権利を取得し、又は利益を受けた者の権利、利益を保護しようとすることにあるものと解され、他方、売却決定は公売期日から七日経過した日に最高価申込者に対して行うものとされていること(徴収法一一三条)及び税務署長は公売した財産が不動産等であるときは最高価申込者の氏名、その価額、売却決定する日時及び場所等を滞納者に通知するものとされていること(徴収法一〇六条)から、売却決定に対する不服申立てが事実上不可能とはいえないことに照らすと、右の期限の特例が直ちに不合理であるということはできない。
したがって、原告の右主張は採用することができない。
二 本案の争点について
1 本件見積価額の決定の違法は、後行行為に承継されるか否か。
(一) 本件見積価額の決定の違法は、本件最高価申込者の決定に承継されるか否か(原告の請求二について)。
相連続する各行為が結合して一つの法律効果の発生をめざしている場合、先行行為の違法は、原則として後行行為に承継されるものと解すべきである。ところで、見積価額の決定と最高価申込者の決定は、いずれも公売物件を売却して国税債権の満足を得ることを目的とする滞納処分の手続の一環としてされる処分である上、滞納処分をその内容から公売手続、売却許可手続及び配当手続に分類した場合、両者がいずれも公売手続に属する処分であることに照らせば、両処分は、相結合して、公売手続を完結して売却許可を可能にするという一つの法律効果の発生をめざしているものということができる。
そうだとすると、先行行為である見積価額の決定に違法がある場合、その違法は、後行行為である最高価申込者の決定に承継されるというべきであり、仮に、本件見積価額の決定が違法であれば、本件最高価申込者の決定も違法となり得る余地があることになる。
(二) 本件見積価額の決定の違法は、本件配当に承継されるか否か(原告の請求四について)。
一つの行政目的を達成するために複数の手続が予定されている場合、各手続をいくつかの段階に分離し、各段階ごとに不服申立方法、不服申立事由等に限定を加えた上、先行行為の違法を後行行為に承継させないこととするかどうかは、基本的には、立法政策にゆだねられているというべきであり、当該法律がどのような立法政策を採っているかは、条文の文言、当該行政目的の内容、各手続に関与する関係者の利害、各手続の性質からみた相互の関連性の程度等を勘案して解釈されるべきものである。この点に関し、滞納処分と類似の強制執行手続を定める民事執行法は、売却許可決定の確定、代金納付及び配当の各段階を明確に分離し、例えば、最低売却価額の決定に誤りがあっても、売却決定期日以降は、その不服申立方法を執行抗告に限り、その不服申立事由も最高価申込者の決定に重大な誤りがある場合に限定するなどして、売却許可決定が確定した後は、右決定が取り消されたり効力が失われたりしない限り、右の違法を理由とする不服申立てができないものと解されている。これに対し、滞納処分に関する不服申立て等の期限の特例について定める徴収法一七一条一項は、差押えから配当までを一体として規定しているほか、滞納処分に関する不服申立てについて定める通則法やその他の徴収法の規定をみても、滞納処分を構成する一連の手続を各段階に分離し、各段階ごとに不服申立方法及び不服申立事由に限定を加えていることを明確にうかがわせる規定は見当たらない。このような点に照らすと、徴収法は、滞納処分における公売、売却決定及び配当の各手続を相結合させて、公売物件を売却して国税債権の満足を得るという一つの法律効果の発生をめざすとの立法政策を採っており、したがって、違法の承継の有無という観点からみる限り、先行行為である見積価額の決定の違法は、後行行為である配当に承継されると解する余地がないでもない。
もっとも、仮に、右の違法の承継を肯定するとしても、徴収法一七一条一項は、不服申立ての期限についてではあるが、督促、差押え、公売公告から売却決定までの処分及び換価代金等の配当という四つの段階に分けて、それぞれ不服申立ての期限の特例を定めているところ、この規定の趣旨は、前記のとおり、滞納処分における各手続に存する違法をいつまででも、また、各手続の進行状況にかかわりなくどの時点においても主張することを認めた場合には、滞納処分手続の安定を害することになりかねないことから、各手続に対して不服申立てをなし得る期限を更に制限することにより、滞納処分手続の安定を図り、買受人等の権利、利益を保護しようとするものであると解することができる。
このような右規定の趣旨に加え、徴収法一七一条二項が、通則法一一五条一項三号の規定による訴えの提起について、徴収法一七一条一項を準用することにより、滞納処分手続の安定を図ろうとしている趣旨をも合わせ考慮すれば、仮に、右の違法の承継を肯定するとしても、右規定の定める不服申立期限を徒過した場合には、訴訟段階においても、もはや各号に定める各行為についての違法を主張することができないことになると解すべきである。
そうすると、本件見積価額の決定に違法があったとしても、右違法は、徴収法一七一条一項三号により、買受代金の納付期限までに主張しなければならないのであるから、その後にされる配当については、右違法を主張する余地はないこととならざるを得ない。
したがって、本件見積価額の決定の違法以外の違法事由を主張していない原告の請求四は理由がない。
2 被告が本件土地を雑種地として評価したことは相当か否か(原告の請求二について)。
(一) 鉱泉地とは、鉱泉(温泉を含む。)の湧出口及びその維持に必要な土地をいい(不動産登記事務取扱手続準則一一七条ホ)、鉱泉地の価額は、固定資産評価基準によれば、基本価額にその鉱泉地に係る温泉地指数と湧出量指数とを連乗して計算した金額によって評価するものとされている(乙一二号証)。
そして、当該鉱泉地が枯渇した鉱泉地であっても、新規掘削が制限されている地域においては、一般的に既得権として相当の価額によって取引されるものであるから、この価額をも参酌することが適当である。もっとも、枯渇した鉱泉地又は未利用の鉱泉地の価額は、その実情に応じ、適宜減額した価額によって評価されることになる(財産評価基準通達七三、乙一四号証)。
したがって、その際には、当該温泉井戸を利用するに当たり、検査費用、再工事費用がどの程度かかるのか、当該地域に温泉の需要があるか否か等を考慮するのが相当である。
(二) そこで、被告が本件土地を鉱泉地として評価せず、雑種地として評価したことが相当か否かについて検討するに、証拠(原告本人尋問の結果及び末尾に掲記の各書証)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 静岡県の「温泉法による許可の基準に関する規則」及び「静岡県温泉保護対策要綱」は、温泉の濫掘を規制するために、既存の温泉井戸から半径二〇〇メートル以内には、新たな井戸の掘削を許可しない旨の規制を定めている。(乙五号証)
静岡県知事は、訴外中山國男及び依田隣太郎(以下「中山ら」という。)に対し、昭和四五年七月二日、温泉法三条一項に基づき、本件土地を温泉湧出目的で掘削することを許可した。中山らは、昭和四六年一一月二〇日、右工事を終了し、松崎保健所長は、同年一二月二〇日、右工事の終了届を受理した。本件井戸は、右工事終了後の揚湯試験の結果、水温三〇度の温泉水の湧出が確認された。その後、原告は、本件井戸から温泉水を汲み上げて利用に供することはなかった。松崎保健所長(昭和五九年以降、下田保健所に移管)は、同所長の管理する温泉台帳に、本件井戸の利用形態を未利用泉、すなわち、掘削成功後一度も利用に供したことのないものとして登録した。(右の事実については、当事者間に争いがない。)
(2) 松崎保健所長が、昭和五七年二月一日、温泉実態調査をしたところ、本件井戸には石が詰まっており、本件井戸の深度が五〇五メートルであるのに、送水管が五、六メートルしか挿入できなかった。そこで、同所長は、本件井戸の利用形態を枯渇泉、すなわち、湧出路の形態を有しているが増掘しなければ温泉源より温泉を採取できないものに登録変更した。(甲七、三四号証、乙五号証)
(3) 本件土地は、現在、近隣の民宿「与吉」の駐車場の一部として使用されており、本件井戸の周辺部にポンプ等の動力装置は設置されておらず、本件井戸は、手で触れてもぐらぐらするほど老朽化している。(乙一五号証)
原告は、本件井戸の維持、管理を何もしていない。
(4) 本件土地は、不動産登記簿上、地目の区分が雑種地とされている。また、静岡県賀茂郡松崎町は、固定資産税の課税において、本件土地の現況を雑種地として評価している。(乙一、二、七号証)
(5) 本件土地付近の雲見地区において、現在、温泉井戸は本件井戸を含み三本あるが、このうち温泉として稼働しているのは赤井浜温泉だけであり、他の二本は枯渇泉となっている。赤井浜温泉の湧出状態は、減少傾向にあり、雲見地区の旅館民宿は山を越えた隣の部落である石部地区の松崎三浦温泉株式会社の所有する温泉井戸から給湯している。また、静岡県温泉協会西伊豆支部の管内において、最近、温泉地ないし温泉権の取引事例はなく、雲見地区において、新たに旅館や民宿を建てたり、温泉井戸を掘削する計画はない。(乙六、一〇、一一号証)
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上の事実にかんがみると、本件井戸は、二〇年以上にわたり、全く利用されないまま放置されたもので、仮に、再使用しようとすれば、検査や再掘削のために相当な費用が見込まれ、さらに、本件土地の付近は地域的に温泉が枯渇し、新たに温泉の需要があるともいえないことから、相当の価額によって取引されることは見込まれないというべきである。
そうすると、本件井戸は、もはや温泉井戸としては事実上無価値なものであることが認められるから、原告が本件井戸に係る温泉権を有するか否かについて判断するまでもなく、本件土地の評価額の算定上、鉱泉地としての価値を増加要因として付加すべき必要性は認められないというべきである。
したがって、被告が本件土地を雑種地として評価したことは、相当である。
(四) なお、原告は、仮に、原告以外の者が本件井戸に係る温泉権を有するとすれば、被告は、その権利内容を調査し、それを公告する必要があるのに、このような手続を怠った旨主張する。
しかし、仮に、原告以外の者が本件井戸に係る温泉権を有するのに、被告がその旨を公告しなかったという事実が認められるとしても、被告の手続違背が問題になることは格別、それをもって、本件土地の評価額が相当であるか否かという点について影響を及ぼすものであるということはできない。
したがって、原告の右主張は失当である。
3 本件土地の評価額は適正か否か(原告の請求二について)。
(一) 乙一五号証によれば、被告は、本件土地の評価額を、取引事例比較法による簡易評価書(住宅地用)を用いて算定したことが認められる。
そこで、被告の右評価方法に合理性が認められるか否かを検討する。
(1) 昭和五六年五月六日付徴第一〇号「公売財産評価事務提要の訂正について」通達の一部改正(乙二一号証)によれば、公売財産評価に当たって、評価する土地の種別が宅地である場合には、対象取引事例が評価する土地と同一近隣地域内に存し、評価する土地の概算見積価額がおおむね三〇〇〇万円以下であるときには、取引事例比較法による簡易評価書によって評価することができるとされている。
本件土地は、現況駐車場として利用されていること、都市計画法の適用の範囲外にあり、同法による用途制限がないこと(乙一七号証)、自然公園法に基づく富士箱根伊豆国立公園の普通地域内に所在するが、本件土地程度の面積では、工作物の新築又は改築等に関する規制対象には当たらないこと(乙一八号証)からすると、宅地としての利用が見込まれるということができる。また、取引事例土地は、本件土地の近隣地域内である静岡県賀茂郡松崎町に存する。さらに、本件土地の固定資産評価額は平成三年度分が四一万四三〇八円であることから、本件土地の概算見積価額は、三〇〇〇万円以下であるということができる。
そうすると、被告が本件土地を取引事例比較法による簡易評価書(住宅地用)を用いて評価したことには、合理性が認められるというべきである。
(2) 取引事例土地は、競売物件であり、正常な取引事情以外の事情を含み、これが最低売却価格に影響していると認められる(乙一五号証)ので、事情補正として、右価格に一〇パーセントを増額をして取引事例価格を算出したことは相当である。
また、当該近隣地域においては土地取引が少なく、需要も低調で、価格も横這い状態であることから、価格水準の変動があると認められない(乙一五号証)ので、取引事例価格を価格時点における価格に時点補正をしなかったことは相当である。
(3) 取引事例土地と本件土地との地域要因及び個別的要因を調整し、価格水準格差を是正するために、取引事例比較表による簡易評価書(住宅地用)に基づき、それぞれを当該近隣地域内の標準的な画地の街路条件、交通・接近条件、環境条件、画地条件等と比較して評点を判定し、右評点を相乗して評点の格差を算出すると、取引事例土地が一〇〇分の一〇〇、本件土地が一〇〇分の六八となる。
このように、簡易評価書により算出された本件土地の価額は、一平方メートル当たり一万八五三円となり、これに本件土地の地積四九平方メートルを乗じると、本件土地の試算価額は五三万二〇〇〇円となる。
(4) 乙三号証によれば、本件土地は、西側は太田川の堤に接し、その他の三方が鈴木孝之他一名所有の土地に接面していることが認められるから、本件土地を接面道路のない土地として、利用価値による修正として三〇パーセントを減価したことは相当である。
さらに、公売に当たっては、強制売却であるところからいわば「因縁付」の財産の買取りであるという感情を伴いがちであること、公売財産の買受代金が即納を原則としていること、公売開始から買受代金の納付に至るまでの手続が任意売買に比べて煩雑であること、公売の日時、場所が一方的に決定されていること等の特殊性があるため、公売による売却価額は、任意売買の場合に比べて低廉となる傾向があるから、本件土地の評価に当たって、公売の特殊性に伴う調整として一〇パーセントを減価したことは相当である。
(5) 以上のように、被告は、本件見積価額を決定するに当たり、取引事例価格について事情補正、地域要因及び個別具体的要因による調整、公売の特殊性による修正をし、右の地域要因及び個別具体的要因による調整については、土地価格比準表に基づき、統一的、客観的な基準によって本件土地と取引事例土地との間に存する価格水準差を是正したことが認められる。
したがって、被告の本件土地の評価方法には合理性が認められ、他に右評価額を左右するに足りる証拠もないから、本件土地の評価額は適正であるというべきである。
(二) これに対し、原告は、本件土地の評価額は、固定資産税評価額や相続税評価額を下回っているから、著しく低廉である旨主張する。
なるほど、乙二号証及び甲二八号証の二によれば、本件土地の固定資産税評価額は、平成二年度が三六万二六八円、同三年度が四一万四三〇八円であることが認められる。また、相続税財産評価基準(乙二七、二八号証)によれば、静岡県松崎町雲見の宅地の固定資産税評価額に対する評価倍率は、平成二年分が二・三倍、同三年分が二・三倍であることから、本件土地の相続税評価額は、平成二年分が八二万八六一六円、同三年分が八七万四六円であることが認められる。
しかしながら、乙一号証の三及び三一号証によれば、本件土地は昭和五〇年一〇月四日に三筆に分筆された土地の一部であり、右分筆によって接面道路のない土地となったものであるところ、本件土地の平成二年度の固定資産税評価額の一平方メートル当たりの単価は、右分筆によっても道路に面している土地のそれとほぼ同額であることが認められ、右固定資産税評価額においては、本件土地が分筆によって接面道路のない土地となったことが考慮されていない可能性があることがうかがわれる。そうすると、本件土地の評価額を右固定資産税評価額と比較するのであれば、本件土地の利用価値による修正等がされる前の価額である五三万二〇〇〇円を基にするのが相当であるところ、右価額は、固定資産税評価額よりも低廉なものではない。また、前記(一)のとおり、本件見積価額それ自体の具体的な評価方法に合理性が認められる以上、右価額が、偶々、相続税評価額を下回ったとしても、右価額自体の適正さを失わせるものではないというべきである。
なお、原告は、乙二四号証(見積価額評定内訳書)の固定資産税評価額欄には、平成三年度の評価額として平成二年度の評価額が記載されているという誤りがある旨指摘するが、右のような評価額の記載上の誤りがあるからといって、これが、本件見積価額の合理性に、直接影響を及ぼすものではないというべきである。
したがって、原告の右主張は失当である。
(三) さらに、原告は、本件土地が自然公園法に定める第二種特別地域内に存在するとされたこと、河川敷に事実上通行路が存在することを看過していること等、評価額算定の基礎とした事実関係に誤りがある旨主張する。
確かに、本件土地は、普通地域区域内に存在し、被告が、評価額算定に当たって、第二種特別地域内に存在すると認定したことは誤っていたものであるが、右の認定の誤りをもってしても、本件土地の減価要因の算定には何ら影響を及ぼさないというべきである。
また、本件土地が道路に接面していないことについては当事者間に争いがなく、乙三二号証によれば、原告が事実上通行可能であると主張する河川敷は、樹木が植生して通行は困難であるというべきであるから、およそ通路として評価するには値しないものというべきである。
したがって、原告の右主張は失当である。
三 結論
よって、原告の本件各訴えのうち、本件公売公告及び売却決定の取消し(原告の請求一及び三)を求める訴えは、いずれも不適法であるから却下すべきこととなり、本件最高価申込者の決定及び配当の取消しを求める請求(原告の請求二及び四)は、理由がないから棄却すべきこととなる。
(裁判官 秋山壽延 竹田光弘 森田浩美)
別紙物件目録<省略>